前々回のお話は、前の彼女ときちんと別れていないにも関わらず、私とも付き合っていた彼を嫌いになれず、「それでもやっぱり好きだ~」と確信したお話でした。

 

嫌いになることは出来ず、「やっぱり好き」なのだからやり直すことに決めた。

しかし、ここからは以前の様に“盲目的”に“全面的”に「好き」と言うわけには行かず、心の中で色んな思いが去来する。

「そんなこと言いながら、実はまだちゃんと彼女とは別れていないのでは?」

「本当は彼女の方が良いと思っているんじゃないだろうか?」

などなど。

そしてやはり “裏切られていた” という気持ちもありいくら好きだからと言っても、恨みつらみの感情も抱えていたのだ、と今になって思う。

 

こういう感情は、実際に浮気をしていたか、していなかったか?前のパートナーと別れているか、いないか?に関わらず、自分が疑問に思った時点で猜疑心はどんどん膨らみ、自信は無くなり、恨みつらみ、怒りの感情は大きくなる。

それが、例えばパートナーが浮気をしていたことを認めたり、動かしようのない証拠を目にした場合なんかは、その猜疑心や腹立たしさはもっと色濃くなる。

「今頃浮気相手と会っているのでは?」など起きて欲しくはない事ばかりが頭にうかんでは消え、そんな風に考える自分に嫌気が差し、疲れ切る。

モチロン身に覚えがある。

 

そんな猜疑心や恨みつらみ、怒りなどの黒い感情を抱えつつも、彼の前ではなるべく平静を装っていた。

物わかりの良い振りをしていただけかもしれない。

が、心の中は不安や怖れや悲しみや怒りなどのしんどくて暗~い感情が渦巻いていた。

けれどそんな、しんどくて腹立たしくて暗くて黒い感情は持ってはイケナイと思っていた。

なので、それらの感情は抑圧され闇に葬り去られた。

そして、「出来た嫁にならねば!」とがんばっていた。

 

浮気や浮気疑惑の壁にぶつかり、どうすれば良いのでしょう?というご相談をよく頂きます。

そして、男性女性問わずそのような壁にぶつかった時は、傷ついて辛い思いをされているのに、「悲しいし腹も立つんですけど、私にも悪い所があったし、あの時ああしていればこんなことにはならなかったのかも、と思うんです」と話してくださる方もおいでになります。

 

確かに、反省点や至らぬところはあったかもしれません。

けれど、そんな風に心は傷ついてクタクタに疲れ果てているのにまだ、「自分が悪かったのでは?」とご自身を厳しく追い詰めて辛い感情はひた隠しに“より良い私”になろうとがんばるのは、あまりに自分に厳しいのではないでしょうか。

 

そんな時はがんばることでは無く自分の感情に目を向けてあげて、ただ受け止めてあげる事です。

「あ~、私、悲しいんだな」とか「くっそー!!腹が立つ~~~!!」とか。

で、「そりゃ、悲しいわな」とか「腹が立って当然だ!」と、その思いをただ認めてあげる。

それが、暗かろうが黒かろうが悲しいものは悲しい!腹が立つものは腹が立つ!と

そして、更にその悲しみや怒りを誰かに受け止めてもらうと、そのしんどさから解放されやすくなります。

「解ってくれる人」がひとりでも居るだけで随分と救われますからね。

 

私もあの頃、本当に感じている感情をどこかに押し込めて「出来た嫁にならねば!」などと思わずに、ちゃんと自分の感情を見てあげればヨカッタな、と思う。

 

そして、その正直で素直な気持ちをちゃんと元夫に言えていたなら、この10数年後にヤツの女関係に悩まされることはなかったかもしれない。

否、変わらず悩まされたかもしれないが、彼を手放すのに要する時間はもっと短くて済んだのかもしれない、と思うのであった(-“-)