離婚後、子供達(当時は上の息子が高校1年生、娘が小学校5年生だったと思う)と元夫と食事に行った時のこと。

話は小難しい方向に流れてゆき、元夫が世界平和について熱く語り出した。

 

・世界平和について

・憂国日本の行く末

・社会の役に立つには

などなど。

 

素晴らしいな、と思う。

立派だな、と。

そして、そんな情熱的な人に私は心打たれたり感動したりして、好感を覚える。

 

が、しかし!


子供達に熱弁を振るっている彼に私は呟いた。

いや、大阪人としてはココはある種の義務感を覚えつつ、ツッコんだと言った方が良いかもしれない。

「世界平和より、家庭平和を優先して欲しかったな」

 

聞こえているのかいないのか、彼の熱弁は止まらない。

もう少し、声を大にしてツッコんでみた。

「世界平和より、家庭平和を優先して欲しかったなッ」

 

一瞬元夫の演説が止まった。

すかさず息子のマーくんが

「まぁまぁまぁ、大は小を兼ねるって言うやん!」

「そこは兼ねなくていいやん!」

元夫 「・・・・・」

元夫「で、お前たちは将来、どうやって社会に貢献しようと思ってるんや?」

 

なんて高尚な振りだろう。

確かに子供たちには、世の中の役に立つ人になってもらうに越したことは無い。

なんらかの形で社会に貢献してくれる方が嬉しいし、誇らしくもあるだろうと思う。

だけど。

その前に、本人達が幸せかどうか?が重要だと思うのだ。

と、私の考えはちょっと横に置いておいて。

 

元夫は、政治番組や討論番組をよく見ていた。

そして、よく

「お前はこれについてどう思う?」

と聞かれたりした。

自分なりの考えや感想を述べるも

「お前、それは違うやろ~」

「それぐらい解らずに、子供に訊かれたらどうするねん」

などと言われたものだ。

その度に私の中の【負けてはならないスイッチ】がONになり、

「自分の考えを私に押し付けないでいただきたい!」

「子供に訊かれて私が解らなければ、自分で調べて勉強になるからそれでいいやん」

と言うような小競り合いをよく繰り広げていた。

 

 

「世界を救わねば!」

「世の中の役に立たねば!」

「人としてこう在るべき」

という様なことをよく言う人、身近に居ませんか?

確かに、

世界を救えたら素晴らしいけれど

世の中の役に立てたら立派だけど

人としての在るべき姿を貫けるのは美しいかもしれないけど。

 

息が詰まる。

 

 

でも、こんな風な理論を振りかざす人は、

「世界を救うほど大きなことをしないと自分には価値が無い」

「世の中の役に立たない自分は存在価値など無い」

「自分は悪い人間なので、人としての在るべき姿で居なければ」

とどこかで思っていたりします。

実はそれほど、自分をちっぽけな存在だと思っているのですね。

意識していない場合も多いですが。

 

こんな風な理論を振りかざされた時は、

「ん?もしかしてこの人自分をちっぽけな存在だと思っている?」

という視点で見てあげるといいですね。

そして、

「世界平和は叶えば素晴らしいけど、私は随分あなたに助けられて感謝しているよ」

と伝えれたらもっといいですね。

 

ノリが良い人は要注意です。

かつての元夫と私の様に小競り合いが頻発するので^^;