夏も本格的になってきましたね。
海や川。
みなさん夏を楽しむ計画は進んでいますか?
まだ子供が小さかった頃、今くらいの時期から毎週のように家族で海へ行っていた。
海水浴場で友達ファミリーと合流して、朝早くから昼過ぎまで泳いでのんびり寄り道しながら帰ったものだ。
上の息子がまだ4才くらいだったと思う。
娘はまだこの世に産まれていなかった。
いつものように朝早くに家を出て、いつもと同じ海水浴場へ。
しかしその日は天候が優れず、台風も来ているとのことで海には入らずに、現地で合流した友達ファミリーと一緒に屋内で遊べるところを探そうということになった。
まだ雨は降っておらず、私は車を降りてボーっと海を眺めていた。
雲はどんより低い位置で空を覆っていて、海は台風前らしく荒々しい波を打っていた。
海を眺めている時に「あ~、もしかしたらこういうのが幸せなのかもなぁ」と何の脈絡も無く
ふと、思った。
この頃は元夫と出会って10年ほど経っていた。
よくケンカもしたし、出会ったころの様に恋焦がれるようなことはもちろん無かったし、気を遣うようなことも無く、居て当たり前の様な存在。
毎日がルーティンで大した変化もなく、なんとなくこんな風に一生を過ごしてゆくのだろう、とどこかで「ツマラナイ人生だな」と感じていた。
でも、上の息子が産まれていて、夏は毎週の様に海水浴に出かける。
誰かが大きな病気をしている訳ではないし、こういう当たり前の普通の毎日が実は”幸せ”なのかもなぁ、と一瞬だけ思ったのだ。
なぜか、この時のことはよく覚えている。
荒れた海を見ていると、なんだか酔ってきて車に戻った。
そして、また当たり前でルーティンな日常へ戻って行った。
それから数年後、お別れすることになった元夫が
「俺は今まで、幸せなんて思ったことが無い」
と言ったことがあった。
これは、かなりショックだった。
ケンカもよくしたけれど、楽しかったこともあったのでは?
彼にとっての私や息子の存在ってなんなのだろう?
と思うと悲しかった。
だけど、私も似たようなものだったのかもとも思う。
結婚して、子供が産まれて。
子育てや家事、仕事に追われて、しなけれなならないことだらけで日々を過ごし、自分を楽しませることなど許さず、我慢するのは当たり前だと言わんばかりに過ごしていたな、と思うのです。
なぜか、私は
『結婚したら落ち着かねば(大人として振る舞わねば)』
とか
『子供が産まれたら自分は我慢せねば(自分より子供が最優先)』
と強く思っていました。
これは、両親の影響も大きくあります。
そしてあの、海で一瞬だけ思った”幸せ”はすぐに消え去っていたな、と。
今、なんだか「ツマラナイ」や「幸せってなに?」「人生なんてこんなもの」と感じている人は、何かをとても我慢していませんか?
「大人とは」「親なんだから」「妻として」「夫として」
『こう在らねばならない!』と自分に厳しくしているかもしれません。
そんな時は、我慢や自分を緩ませることが効果的です。
ただ、やっかいなのはこんな風に自分に厳しい人は、なかなかそれに気付けません。
だって、我慢や自分に厳しい事が”当たり前”になっているので、寧ろ
「私は自分に甘い」
「私のがんばりが足りないから、幸せではないのだ」
と思ってしまいます。
大きな誤解なのですが。
我慢や、自分に厳しすぎて ”幸せ” を感じれないだけなのですが、我慢や緩さを自分に許してゆくと、ほんの小さなことでも ”幸せ” を感じれるようになってきます。
例えば、美味しい紅茶を飲むだけで
「あ~~、幸せ♪」
と感じたり、可愛らしい花を見ただけでホッコリしたり。
”幸せ” を感じれる人は、周りをも ”幸せ” にしてゆきます。
「ツマラナイ」や「人生こんなもの」と思って生きるより、 ”幸せ” を感じて生きてゆきたいですよね。