人は無意識のうちに
「私ならそうするのに」
という基準で
人を見ていることがあります。

たとえば
誰かが困っていたら、できる範囲で
力になりたい、と思う。

「今は大変そうだし」
「困っているんだね」
と相手の心情を理解しようとしたり
何かしら手伝ったり、譲ったり。


で、そのときはそれでよかった
のだけど、次に自分が困ったときや
辛いとき。

無意識に、手を貸したり譲ったりした
あの人に
「今、余裕がありそうなあの人なら
私の事情と気持ちを理解してくれる”ハズ”」
と。
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モヤる…
ジメる…









私も、昔よくありました。

結婚していたころ、元夫に
「私はこれだけ家族のために我慢して
家族を優先しているんだから夫も
自分より家族を優先してくれる”ハズ”」

でも実際は、私が優先して欲しい
タイミングでは優先されず彼は自由に
羽ばたいている。
私は、それを見て苛立ちを覚える。

とか

私がお茶を飲むときは、「お茶飲む人〜?」
と募るから子どももお茶を飲むときは
聞いてくれる”ハズ”。

でも実際は、娘は自分のタイミングで
ひとりティータイムを楽しんでいる。
私は、「もう大人なんだから
周り(私)にも配慮してよ」とモヤる。
 ↑
ハイ、「ちっちゃ!」とか言わない笑

とか。


でも、「私ならそうする」
「私はこうしているのに」
は私の価値観なんですよね。

私がそうだから、相手もそうするとは
限らない。

それって当たり前のことだけど
無意識に「きっと相手も同じだろう」と
思い込んでいたんです。


なので、思ったような反応が
返ってこないと、驚きと共に
大きく傷ついたり小さく傷ついたり。

無意識に「私ならそうするのに」って
期待があったんですね。


でも、もちろん、人を思いやることは
素晴らしいことで、困っている人に
手を差し伸べたり、相手の心情を
理解することは、大切にしたいところ。


ただ、そのときに忘れたくないのは
『これは私の価値観なんだ』
ということ。

相手には相手の価値観があり
私とは違う世界観で生きている。
(それがたとえ、お腹を痛めた我が子でも!)

なので、相手が自分と同じように考えなくても
それは価値観が違うだけ。

価値観が違うことを受け入れつつ
「こうしてくれたら嬉しいな」
「私はこう思うんだけど、どう思う?」
ってコミュニケーションをとっていくと
信頼関係が深まってゆくのだと思うのです。


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